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浦和地方裁判所 昭和52年(ワ)269号 判決 1982年2月03日

原告 鈴木準一

右訴訟代理人弁護士 西村康正

高山達夫

被告 蓮田市

右代表者市長 吉田周治

被告 埼玉県

右代表者知事 畑和

被告ら訴訟代理人弁護士 常木茂

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは、連帯して原告に対し、五四万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年四月二九日から完済までの年五分の金銭の支払をせよ。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  被告ら

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  汲取槽設置に至る経緯

(一) 原告(注文者)は、昭和四七年七月一〇日、積水化学工業株式会社(請負人)(以下「積水化学」という。)との間に、埼玉県蓮田市閏戸四一二二番地四二上の二階建建物(後に家屋番号四一二二番四二となった。以下「本件建物」という。)の建築請負契約を締結した。

(二) ところで、終末処理場を有する公共下水道のない地域における建物に付随する便所の汚水の処理については、(ア) 汚水の汲取槽を作り、汚水を未処理のまま汲取って、公共の汚水処理場まで運搬する方法と(イ) 浄化槽を設置して、それで汚水を処理し、公共下水道以外の下水管等に放流する方法とがあるが、本件建物については、その当初の契約時においては、便所からの汚水の処理には浄化槽を設け、それから流れ出る処理水は、本件建物所在地付近を流れる合の谷用水路に放流することとし、したがって、浄化槽から流れ出る処理水をためておくための汲取槽は設けない約定となっていた。

(三) 本件建物の建築確認申請手続は、積水化学が代行することになっていたが、その担当社員である曽根昭が、同年八月中旬、右申請に必要な書類の交付を受けるため、被告蓮田市の都市計画課に行ったところ、同課係員は、同人に対し、本件建物所在地付近は放流地区ではないから、浄化槽から合の谷用水路に処理水を流すことはできないので、汲取槽を設けなければならない、汲取槽の設置が建築確認申請に必要であると告げた。

(四) 建築基準法六条によると、建築確認申請書は建築主事に提出すべきものであるが、埼玉県においては、埼玉県建築基準法施行細則によって、右申請書は、当該建築物の敷地の所在地を所轄する市町村の長及び土木事務所の長を経由しなければならないとされている。

(五) 右手続面からして、市町村の係員において、建築確認申請書を受け取ることがなければ、また、建築確認申請書の受領を拒絶するということであれば、建築確認申請をする者は、建築主事の確認を受けられないこととなる。したがって、市町村の係員が、建築確認申請について、浄化槽には汲取槽を設置することが必要であると指導し、汲取槽を設置しない建築確認申請は受け付けないということであれば、建築確認申請をする者は、建築主事の確認を受けられないこととなり、法的には建築確認申請を拒絶されたと同様に評価される。

そうすると、被告蓮田市の係員が曽根に対し前記のとおり告げて指導したことは、原告に対して、浄化槽に汲取槽を併設しない建築確認申請の受理を事実上拒絶したことになる。

(六) そのため、原告は、やむをえず、当初の設計を変更して浄化槽に汲取槽を併設することとし、その旨の建築確認申請をするとともに、昭和四八年三月までに、本件建物に浸透式汲取槽を設置した。

2  市係員の違法行為

被告蓮田市の係員の前記行為は、次の理由により違法な公権力の行使に当る。

(一) 前記のように、建築確認申請書を建築主事に提出する前にこれを市町村長に提出させるのは、単に、書類上の不備等をチェックして、事務上の処理を円滑にすることを目的としたものであり、市町村長に対し、建築確認についての実質上の審査権を与えたものではない。したがって、被告蓮田市の係員が、建築確認申請受付の時点において、汲取槽を設置しなければならないと指導することは許されない。

(二) また、浄化槽は、便所から排出される汚水を公共下水道以外に放流する場合に、その汚水を貯留して浄化し、衛生上支障のない処理水として放流するための設備であるが、建築基準法三一条二項、建築基準法施行令三二条によると、同施行令三二条に規定する構造基準に合致するし尿浄化槽であれば、終末処理場を有する公共下水道以外にも、便所から排出する汚物を放流することができるのであるから、放流先がないからといって、汲取槽を設けなければ浄化槽を設置できないというものではない。

(三) しかも、本件建物所在地付近の地域においては、昭和四一年一月一七日、本件建物の敷地一帯を含む通称大陸団地の造成者である大陸交通株式会社、貝塚悪水路土地改良区及び地元貝塚地区代表者山口武雄の間で、大陸団地から流出する雨水及び汚水を右土地改良区が管理する合の谷用水路に放流することを承諾する旨の約定が成立していたから、本件建物の浄化槽から流出する処理水の放流先として合の谷用水路が存在した。そして、この事実については、前記係員も、昭和四七年八月当時認識していた。

3  県建築主事の違法行為

被告埼玉県の職員であり、本件建物の建築確認を所管する杉戸土木事務所の建築主事は、被告蓮田市に対し、建築確認申請については、その実質上の内容を審査できないことを指導すべきであったにもかかわらず、これを怠っており、また、本件建物の浄化槽は、汲取槽を設置しなくても法律上建築確認申請が可能であったのに、被告蓮田市の係員が前記のような違法の指導をして、建築確認申請の受理を事実上拒絶するのを放任していた。

4  損害賠償義務

本件汲取槽の設置費用は四万五〇〇〇円であり、原告は、被告らの前記各職員の違法行為によってこれと同額の損害を被った。

したがって、被告らは、国家賠償法一条に基づき、右損害を賠償する義務がある。

5  被告らの違法行為

前記2(二)、(三)のとおり、大陸団地の地域において、浄化槽を設置し、それによって処理された水を合の谷用水路に放流することは、法律上何ら問題はないのであるから、被告らは、右地域の住民に対し、法律上の基準に合致した浄化槽には汲取槽を設置しなくても適法であるとの前提のもとに、常時適切な指導をすべきであったのに、これを怠っていた。特に、原告の家族である鈴木謙精及び鈴木亨が、昭和四九年四月二五日、被告蓮田市の市長に対して、付近住民から後記のような圧力を加えられているので善処してもらいたい旨申入れたにもかかわらず、同被告は、何ら適切な処置をとらなかった。

6  精神的損害

被告らが前項掲記の指導を怠った結果、付近住民は、原告に対して次のような圧力を加え、原告を村八分同様の状態にした。そのため、原告は、精神的苦痛に耐えられず、昭和四九年六月、家出をするに至り、原告の家庭は破壊され、昭和五一年九月、本件建物から現在の原告肩書地に移転することを余儀なくさせられた。

(一) 原告及びその家族は、昭和四八年三月本件建物に入居したが、本件建物建築中の同年一月、原告が建築現場を訪れたところ、付近住民から「ここには洗便所はできない。後で調べに来る。」と告げられ、同年二月、右住民立会のもとに、本件汲取槽の点検をさせられた。

(二) 同年九月、付近住民から「井戸水を使っている家があるが、本件建物の浄化槽で伝染病にかかったらどうする。」、「近所に井戸がある場合、浸透式の便所は保健所で許可していない。」、「便所のことで引越していった家もあるし、引越して来られない家もある。」と強硬に告げられ、本件建物所在地付近にある井戸の水質検査をせざるをえなかった。

(三) 同年一〇月、大陸団地住民で組織されている大陸団地自治会の役員から、浄化槽の水洗便所は認められないので団地中の問題にする旨告げられた。

7  損害賠償義務

被告らは、国家賠償法一条に基づき、前記5の行為によって被った原告の損害を賠償する義務があるところ、前項の精神的苦痛に対する慰藉料は五〇万円が相当である。

8  むすび

よって、原告は、被告らに対して、前記4及び前項の損害合計五四万五〇〇〇円とこれに対する昭和五二年四月二九日(訴状送達の翌日)から完済までの年五分の遅延損害金の連帯支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び主張

1  請求原因1について

(一)、(二)の事実は知らない。

(三)の事実は否認する。

(四)の事実は認める。

(五)の事実は否認する。原告は、昭和四七年八月の時点においては、建築確認申請をしていないのであるから、その受理を拒絶することはありえない。

(六)の事実は知らない。

2  同2は争う。但し、(三)のうち原告主張の約定が成立したことは認める。

本件建物所在地は、大陸団地と呼ばれる住宅団地に属しているが、右団地内にある道路には、U字型の側溝が設けられており、雨水や各住宅用地内の余水は、この側溝に流れ込み、公流等にいたるようになっている。そして、余水をこれらの側溝に流すことについては、団地内住民のとりきめで、当分の間、し尿処理水を側溝に流さないこととされた模様であり、昭和四六年三月頃、団地内住民から蓮田市長宛、団地内にし尿浄化槽を設けようとする者があるときは、処理水を団地内の側溝に流さなくともすむような装置を設けさせるようにして欲しい、との強い要望が出されていた。

被告蓮田市としては、大陸団地住民からのこのような強い要望がある以上、これを無視することはできないので、団地内に浄化槽を設けようとする者があるときは、側溝に流さなくともすむような装置の一例として、汲取槽も設置するように、ということを都市計画課において伝えることにしていたのである。それは、汲取槽等を設けなければ、建築確認を受けさせないとか、その申請書を受け取らない、という趣旨のものではない。

3  同3のうち、被告埼玉県が原告主張の指導をしなかった事実は認めるが、その余は争う。

4  同4は争う。仮に、原告主張の費用であるとしても、本件汲取槽は、原告が本件建物の付属設備として使用して来たうえ、本件建物を売却した際に付属設備として売却されているから、これを損害とみるのは相当でない。

5  同5は争う。

6  同6は知らない。

7  同7は争う。

三  被告らの抗弁

原告は、本件建物に汲取槽を設置した後である昭和四八年三月三一日にはその設置費用を支払ったから、おそくとも昭和五一年三月三一日をもって被告らに対する原告の損害賠償請求権は時効によって消滅した。

四  抗弁に対する原告の反論

本件の加害行為は、地方公共団体の公権力の行使によるものであるところ、一般人であれば、地方公共団体の行為には一応の正当性があると考えるのが通常であって、原告が被告らの行為の違法性を認識したのは本件訴を提起した昭和五二年四月である。したがって、昭和四八年三月三一日を消滅時効の起算点と解すべきではない。

第三証拠関係《省略》

理由

第一汲取槽設置に関する請求について

一  《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

1  原告は、金岡進也の名義で、昭和四七年七月一〇日、積水化学工業株式会社との間に、本件建物の建築工事を請負わせる契約を締結した(但し、正式の契約書は、同年八月三一日付で作成された)。

2  当初の工事見積りでは、便所からの汚水の処理にはし尿浄化槽を設けて、それから流れ出る処理水を道路側溝に放流し、処理水を貯留する汲取槽は設けないことになっていた。

3  ところが、その後、積水化学の営業係で前記契約を担当した曽根昭が、原告に対し、本件建物の建築確認を受けるには汲取槽を設ける必要があると申出たので、原告はこれを了承し、同年八月三一日までには、本件建物に汲取槽を追加することになった。

4  本件建物は、同年末頃着工し、昭和四八年三月上旬完成したが、それには、いわゆる浸透式の汲取槽が設置されている。

二  ところで、原告は、汲取槽を設置したのは、被告蓮田市の都市計画課係員が、昭和四七年八月中旬、曽根に対し、原告主張の内容を告げて指導したためである旨主張する。

まず、甲第五号証(曽根昭の回答書)には、原告の右主張に一部符合する記載があるが、証人曽根昭の証言によると、右回答書は、同人の記憶が不確かな状態で書かれたきらいがあって、採用することができない。

次に、証人鈴木亨は、原告の右主張に沿う証言をしているが、それは、曽根からの伝聞事項であるに過ぎない。そして、証人曽根昭の証言は、肝心の点については、記憶がないと称して避けており、全体として曖昧であって、果して、当時同人が実際に市係員から本件建物の汲取槽について言及されたことがあるのか、また、仮に、言及されたとしても、係員の根拠とする事由が何であったかを確認するには足らない。

また、甲第一四号証は、昭和四九年四月二六日の蓮田市長と鈴木謙精(原告の長男)らとの会談記録と認められるけれども、その内容を見ても直ちに原告の右主張を裏付けるものとはいえないし、他に、被告蓮田市の係員が、昭和四七年八月中旬、曽根に対し、原告主張のような指導をした事実については、これを認める証拠がない。

なお、原告は、右指導が本件建物の建築確認申請に際して行なわれたとするようであるが(請求原因1(五))、当時原告が建築確認申請書を提出し、あるいはこれを提出しようとした事実は、全く認めることができない(《証拠省略》によると、本件建物についての建築確認申請書が蓮田市長宛に提出されたのは、昭和四七年一二月一一日以降であろうと推測される)。

そうすると、被告蓮田市の係員が、曽根に対し、汲取槽に関する指導をしたことを前提とする原告の請求は、その指導内容の違法性について判断するまでもなく理由がないといわねばならない。

三  もっとも、被告蓮田市においては、昭和四六年三月頃以降、大陸団地内に浄化槽を設けようとする者に対して、汲取槽も設置するよう勧告していたことは、被告らの自認するところである。この事実に《証拠省略》とを合わせると、曽根は、当時、何らかの方法によって、被告蓮田市に右のような勧告の慣例があることを知って、前記認定のように、原告に対し、汲取槽の併設を申出たものと考えられないではない。

そこで、念のため、右の勧告の当否について検討を加える。

建築基準法三一条二項は「便所から排出する汚物を下水道法二条六号に規定する終末処理場を有する公共下水道以外に放流しようとする場合においては、衛生上支障がない構造のし尿浄化槽を設けなければならない。」と規定し、右浄化槽の構造基準は、建築基準法施行令三二条によって定められているから、下水道法二条八号に規定された処理区域ではない本件建物所在地付近(同付近が右規定の処理区域でないことは、弁論の全趣旨に徴し明らかである。)においては、建築基準法施行令三二条に定める構造基準に合致した浄化槽であれば、建築確認を受けられるものである。

したがって、本件建物所在地付近において建築物を建築しようとする場合、当該建築物に汲取槽を設置して便所からの汚水を側溝等に放流しないこととするか、法令に定める構造基準に合致した浄化槽を設置するかは、当該建築物の建築主の自由意思に任されているというべきである。この点において、被告蓮田市の汲取槽設置の勧告は、法令上その具体的根拠を有するものではない。

しかし、一般に、地方公共団体の行為が法令上具体的根拠を有しないとしても、それが直ちに違法な行為であるということはできない。

なぜならば、たとえ建築法規上許容される建築物ないしその付属設備であっても、現実にそれを利用することによって、悪臭、不潔、汚染その他の公害を生じ、近隣住民の健康及び福祉に影響するおそれがある場合においては、当該近隣住民らが、その発生源となるべき建築物ないし付属設備を利用しないよう申し合わせたり、新たにこれを建築しようとする者に対して協力を求めたりすることは、他人の自由意思を抑圧するような方法で行なわれない限り、何ら違法というべきではなく、したがってまた、地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持することをその事務とする地方公共団体(地方自治法三条一号参照)が、右のような近隣住民らの意向に対応して、建築主に相当の方法で勧告することも、相手方にその承諾を強要するものでない限り、同様に違法視すべき理由はないからである。

これを本件についてみるに、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件建物所在地を含む蓮田市大字閏戸四一二二番ほか五筆の土地一帯は、大陸交通株式会社の造成、分譲にかかる、通称大陸団地と呼ばれている住宅地域であるが、同地域においては、公共下水道が整備されていなかったため、昭和四一年一月一七日、大陸交通、地元の蓮田市大字貝塚にある貝塚悪水路土地改良区及び地元代表者山口武雄の間において、大陸団地から排出される雨水・汚水等を団地内の道路のU字溝を経て、大陸団地付近から元荒川に至る合の谷用水路に直接放流することとする旨の約定がされ(右約定がされた事実は、当事者間に争いがない。)、これに基づいて、大陸団地から排出される雨水・汚水等は右側溝を経て合の谷用水路に放流され、また、大陸団地付近にある住宅地域である通称大山団地、同貝塚団地などから排出される雨水・汚水等も同様に合の谷用水路に放流されていた。

(二)  ところが、右団地から排出される雨水・汚水等が合の谷用水路に放流されるようになって以来、同用水路の下流域に住んでいる貝塚地区の住民らから、同用水路中貝塚九七三番地付近から元荒川に至るまでの下水路が単に土を掘っただけで側溝・蓋などのない水路であるため、水洗便所からの処理水を放流されると、悪臭が発し、土中に汚水がしみこむなどの苦情が出るようになり、また、同用水路は、従来から農業用水として使用されており、前記各団地からの雨水・汚水などが放流されるようになっても、下流域において同用水路から取水している者もあったため、それらの者の中から、水田の除草をするのに同用水路の水に触れたら手足にかゆみが出たという者もあった。そこで、貝塚地区の住民らから前記各団地の住民らに対して、水洗便所の処理水を同用水路に放流しないで欲しい旨の要望があった。

(三)  そして、昭和四五年ころ、前記各団地の住民及び貝塚地区の住民らを構成員とする相の谷排水組合なる任意団体の申し合わせとして、同用水路の流域において新たに住宅を建設しようとする者がある場合は、建築主に対して、口頭及び文書で、合の谷用水路が側溝・蓋などを完備した完全な排水路となるまでは、浄化槽で汚水を処理するのではなく、汲取式の便所を設置して、便所からの汚水処理水を同用水路に放流しないことにして欲しい旨要望することを決め、同時に、被告蓮田市に対して、同用水路の流域において新たに住宅を建築しようとする者に対しては浄化槽の設置を許可しないで欲しい旨の陳情をした。

(四)  右陳情を受けた被告蓮田市は、相の谷排水組合に対し、合の谷用水路の流域において新たに住宅を建設しようとする者がある場合には汲取槽を設置するように指導する旨回答するとともに、住宅を建築しようとする者は都市計画課の窓口に建築確認申請書を提出することとなっていたので、右窓口において、同課係員から、建築確認の申請をしようとする者に対して、浄化槽を設ける場合でも汲取槽を設置して欲しい旨の勧告をさせることにしていた。

以上の認定を動かすに足りる証拠はない。

そうだとすると、相の谷排水組合の陳情が当該地域住民らの多数意見に反するものとは考えられない以上、被告蓮田市が、これに応じて前記のような勧告をするに至ったことは、相当の合理的理由があったものというべきであり、その内容、すなわち、浄化槽に汲取槽を併設すること自体が建築法規上何ら禁ぜられていないことはいうまでもない。更に、その方法においても、《証拠省略》によると、都市計画課係員が、その窓口において、建築主に対し、汲取槽を設けて欲しい旨を口頭で勧告する程度であって、汲取槽を設置するかどうかの選択は、建築主の自由意思に任せられていたことが認められるので、結局、右勧告が違法であるとはいうことができない。

したがって、右勧告が違法であることに基づく原告の請求は理由がない。

第二慰藉料に関する請求について

原告は、被告らが、地域住民に対し、浄化槽が適法であるとの前提のもとに常時適切な指導をすべきであったのに、これを怠った旨主張する。

およそ、国家賠償法一条一項の規定は、公務員が違法にその職務を行なわなかったため他人に損害を加えたとき、すなわち、不作為の場合にも適用されるが、その職務上の不作為が違法であるというには、当該公務員に対して特定の作為が法律上義務づけられている場合でなければならない。

ところが、原告は、その主張する指導義務がいかなる法律上の根拠に基づくものか、明確な主張をしていない。

そして、一般に、建築行政に関与する地方公共団体の公務員に対し、当該団体の区域内に建築される特定建築物が建築法規に適合することを広く地域住民に告知すべき義務を定めた法令は、これを見出すことができない。また、第一の三において判断したとおり、本件においては、(ア) 浄化槽を単独で設けることも、(イ) これに汲取槽を併設することも、ともに適法であり、しかも、被告蓮田市において(イ)を勧告することも違法ではないのであるから、被告らの公務員に対し、(ア)に限った指導のみが法律上義務づけられているとは、到底解しえないところである。

なお、原告の子らが昭和四九年四月蓮田市長に対して原告主張のような要望をした事実があっても、その際、同市長が特定の行為をすることを約束した形跡は認められないから、右事実によって被告蓮田市の関係係員に作為義務が発生するとすべき理由もない。

そうすると、被告らの公務員に法律上原告主張の作為義務があるとはいえないから、その不作為に基づく原告の請求は、その余を判断するまでもなく、理由がない。

第三結論

以上により、原告の請求はいずれも失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橋本攻 裁判官 一宮なほみ 綿引穣)

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